法華講員・樋田昌志が顕正会教学部から3度目の敗走! 長野法論逃避の正当化を試みる樋田昌志の欺瞞を検証する

「樋田昌志」とは

 皆さんは、「樋田昌志」という人物をご存知だろうか。

 現在、Googleで氏名を検索すると、「樋田昌志 負け」「樋田昌志 顕正会」等のサジェストが表示されている法華講員である。

 なぜこのようなサジェストが表示されるのか。それはおそらく、彼が過去に2度、顕正会教学部との法論から敗走又は敵前逃亡したことと無関係ではあるまい。

 1度目は、顕正会の副教学部長である浅野総部長らとの法論。彼はこのとき、理詰めにされて回答不能に陥った末、「俺、もう無理」、「あなたが逃げるって言うんだったらそれもいい」等と述べて、その場から逃げ出してしまった。

参考:浅野総部長らが法華講員・樋田昌志を論破!「敗走」を糊塗する樋田昌志の欺瞞を検証する

https://matsudai-bonbu3.hatenablog.com/entry/2019/03/05/%E6%B5%85%E9%87%8E%E7%B7%8F%E9%83%A8%E9%95%B7%E3%82%89%E3%81%8C%E6%B3%95%E8%8F%AF%E8%AC%9B%E5%93%A1%E3%83%BB%E6%A8%8B%E7%94%B0%E6%98%8C%E5%BF%97%E3%82%92%E8%AB%96%E7%A0%B4%EF%BC%81%E3%80%8C

 2度目は、顕正会教学部との大阪における法論。このときは、法論の日時・場所・条件が確認され、後は会場に赴きさえすれば法論が実現したにもかかわらず、彼は事前に相手に連絡することもなく、やはり法論から逃げてしまった。その結果、顕正会教学部より、樋田昌志の敗北を宣言されるとともに、「樋田よ、もし当方と邪正を決する法論の実施を懇願するのであれば、まずは5月28日の法論から無断で逃避したことにつき、心から反省・謝罪するとともに、「次こそは逃げません」と誓約するように」との通告を受けたのであった。 

参考:法華講員・樋田昌志が顕正会教学部との法論から敵前逃亡! 大阪法論をめぐる醜態を糊塗する樋田昌志の欺瞞を検証する

https://matsudai-bonbu3.hatenablog.com/entry/2020/03/24/%E6%B3%95%E8%8F%AF%E8%AC%9B%E5%93%A1%E3%83%BB%E6%A8%8B%E7%94%B0%E6%98%8C%E5%BF%97%E3%81%8C%E9%A1%95%E6%AD%A3%E4%BC%9A%E6%95%99%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%81%A8%E3%81%AE%E6%B3%95%E8%AB%96%E3%81%8B 

長野における法論からも逃避

 このように、過去に2度、顕正会教学部との法論から敗走又は敵前逃亡した樋田昌志に、名誉挽回の無二の好機が訪れた。顕正会の教学部委員が、樋田の所属する宗門末寺「妙相寺」の住職・落合に対し、法論を申し入れたのである。

 その後、教学部委員と落合との間で数回にわたり協議が行われた結果、令和2年3月6日に法論が実現することになった。当然、樋田の同席も認められている。彼にとっては、まさに名誉挽回のための無二の好機であっただろう。

 ところが、法論直前になって、なんと落合は前言を翻して法論から逃避し、落合から全権委任を受けたという樋田もまた法論から逃避してしまった。ここに彼は、顕正会教学部との法論から3度目の逃避をしたのであった。

 

 もっとも、お決まりのごとく、彼は自らの法論逃避を正当化するために、自身が長野での法論に応じなかった理由を仲間内で尤もらしく述べているという。そして、「顕正会教学部委員の独善性と矛盾を皆で嗤う」とのタイトルのDVDまで作成し、自らのサイト(Toyoda.tv shop)で単価500円(税込)で販売している(商品No565)。

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引用元:http://toyoda.tv/shop_cart/img/000565.jpg

 果たして彼の努力(商売)はどの程度報われているのか。「樋田昌志 負け」とのサジェストを見る限り、その成果は芳しくないように窺われるが、何も知らない一般人や彼を信奉する一部の法華講員などが勘違いをすると不憫であるから、事の本質を明らかにするため、以下、彼が公開しているメールのやりとりに基づき、「樋田昌志が長野での法論から逃避した事実」を示すことにする。

樋田サイトの欺瞞

 樋田は、長野法論から逃避した事実を糊塗するために、「またまたまた顕正会教学部 法論から遁走~!in長野」とのタイトルで、教学部委員とのメールのやりとりをネット上に公開している。また、自らのツイッターアカウントでも、しきりと拡散しているようだ。

参考:

http://toyoda.tv/kensyo.a.htm

https://twitter.com/toyodatv/status/1237270327098408963

https://twitter.com/toyodatv/status/1237271241150451714

https://twitter.com/toyodatv/status/1237277501971247109

https://twitter.com/toyodatv/status/1237277856461254656

 このサイトにはいくつかの欺瞞があるが、まず指摘しておくべき点は、長野法論に際し、最初に教学部委員と妙相寺住職の落合が交わしていた「約束」の存在を隠し、それが無かったかのように取り扱っていることであろう。

 すなわち樋田のサイトでは、冒頭に「実際には使用しなかった」というFAX文章の前文なるもの(以下、「樋田文章」)を掲載した後に、「3月1日」以降のメールのやりとりが掲載されている。

 これにより、樋田は、「3月1日」より前の出来事については、樋田文章によって、自身に都合の良い内容を読者にインプットすることができる(なお、樋田文章は「実際には使用しなかった」そうであるから、かかる文章が実際に当時作成されていたか否かも定かではない)。

 この樋田文章では、教学部委員が妙相寺へ電話をかけて法論を申し込んだ際、「妙相寺住職より『法論の細かい事前打ち合わせを樋田氏と相談してもらいたい』と▼▼氏(注、教学部委員)に伝えてもらってあった」ということになっている。

 しかし、この記述は、教学部委員が3月1日に法華講員に送信した次のメールと平仄が合わない。

窓口とか詳細、連絡とか筋を通せとかいっていますが、今更何を言っているのか意味がわかりません すでに日程はすり合わせているので、あとは当日赴くだけです

 また、後に登場するが、教学部委員が落合に送付した書面によれば、教学部委員は「2月18日」に落合へ法論を申し入れ、数度の話し合いを重ねた結果、次の内容で法論を行う約束になっていたという。

〇3月6日(金)

〇双方3名ずつ

〇法論の詳細は、当日双方の面前にて取り決める

〇議題は、大聖人の御遺命につき、宗門と顕正会といずれが違背しているか

 なお、教学部委員の書面には、法論の約束を交わした際の落合の言動が具体的に記載されている。

 そうすると、果たして教学部委員と落合との間で事前にやりとりがあり、このような「約束」が交わされていたか否かが問題となる。樋田文章では、この「約束」について一切触れられていないからである。

 この点、樋田自身、3月4日に教学部委員に送信したメールには、次のように書いている。「落合御住職の大らかなお人柄へ付け込んで狡猾かつ卑劣に御住職の言質を取った内容を元に、今更何を主張しても全く不毛」と。つまり、樋田は、教学部委員と落合との間で事前にやりとりがあり、法論の「約束」が交わされていた事実(樋田に言わせれば「言質を取った」事実)を認識していたのである。

 また、常識的に考えて、教学部委員が落合に対し、全く存在しない虚偽のやりとりを書面に記載して送付するとも考え難い。

 以上から、長野での法論をめぐるやりとりは、実際には「2月18日」から始まっており、すでに教学部委員と落合との間で法論の「約束」が交わされていたことがわかる。そうであれば、あとは約束通り、3月6日に妙相寺で双方対面し、堂々と法論を行えば良かったことになる。

 ところが、その後、落合は前言を翻して法論から逃避し、樋田もまた大阪法論のときと同様、自らが作成した細かな「ルール」を承諾しない限り法論には応じない旨を言い張り、結局、当初の約束を反故にし、法論から逃避したのであった。

 おそらく樋田は、かかる経緯を知られたくなかったのであろう。教学部委員と落合との間で交わされた当初の「約束」には一切触れず、サイト冒頭に「以下はその始まりから全ての経緯である」などと書き、自身に都合の良い事実経過を記載した樋田文章を掲載しているのである。これが欺瞞の第一である。

 

 欺瞞の第二は、当事者間のやりとりを公平かつ客観的に列挙するのではなく、時折、自身のコメントを差し挟むことで、読者に対する印象操作を行っていることである。この無駄に冗長なコメントにより、読者が問題の所在と議論の筋道を把握することが困難となっている。

 そこで、以下では、樋田のコメントを除去し、彼がサイトに掲載しているメール等に基づき、事実経過の骨子を時系列に沿って整理する。

参考:http://toyoda.tv/kensyo.a.htm

樋田昌志が長野法論から逃避した事実

〇2月18日

 教学部委員落合:法論の申し入れ

 その後、数度の話し合いを重ね、3月6日に法論を行う約束(3対3など)。

〇3月1日

 落合教学部委員:樋田と事前に約定を交わしてほしい等と電話で要求し、一方的に電話を切る。

〇3月3日

 教学部委員落合最後通牒を送付。3月4日中に「落合」から連絡してくることを求め、理由をつけて3月6日の法論から逃避した場合、敵前逃亡と断ずる旨を指摘。

〇3月4日

 樋田(高木)教学部委員:落合から全権を委任された者と称し、1分ルール等を定めた「約定」への受諾を要求。これを受諾しない限り法論に応じない旨のメールを送信。

〇3月5日

 教学部委員樋田(高木):「約定」云々と言いたいのであれば、まずは大阪法論の際に何の連絡もなく約束を反故にしたことを顕正会教学部に謝罪する書面(謝罪文)を3月8日までに信州会館へ送付することを求める旨のメールを送信。

〇同日

 樋田(高木)教学部委員:教学部委員が「なりすまし」との言葉を用いたことにつき、樋田が「なりすまし」をしたことを3月6日中に証明せよ、それができなければ即刻謝罪せよと求める旨のメールを送信。

〇3月6日

 教学部委員樋田(高木):落合から期限内に返答が無かったため、落合の「敵前逃亡」が確定。また、樋田については、法論の件を続けたいなら、まずは大阪法論から敵前逃亡した件を謝罪せよ(2回目)。そうすれば再度考えてやっても良い。3月8日まで待つ旨のメールを送信。

樋田(高木)、「なりすまし」との言葉につき、3月6日中に証明せよ等と求めるメールを送信。

〇3月7日

 教学部委員→樋田(高木):「なりすまし」については、大阪法論逃避についての真摯な謝罪を条件に、法論の場で教えてもよい。すでに落合の敵前逃亡は確定しており、これが最後のチャンスである。3月8日中に大阪法論逃避を詫びる謝罪状を送付せよと求める旨の最後通告メールを送信(3回目)。

樋田(高木)、以後、法論実施と関係のないメールをたびたび送信。具体的には、双方のメールのやりとりを実名で公表してほしくなければ、「なりすまし」との言葉について謝罪し、公開中止を哀願せよと求めるメール等。

〇日付不詳(3月8日以降)

 教学部委員樋田(高木):3月8日を過ぎても謝罪文の提出がないため、妙相寺一派の敵前逃亡確定を宣言。

樋田(高木)、以後、誹謗中傷メールを一方的に送信。

 

 いかがであろうか。このように事実を整理してみれば、落合及び樋田の法論逃避は明白である。

 まず落合は、2月18日に教学部委員から法論の申し入れを受け、数度の話し合いを重ねた結果、3月6日に妙相寺で3対3の法論を行う約束をした。しかるに落合は、3月1日、教学部委員に対し、突如として樋田と事前に約定を交わしてほしい旨を告げ、教学部委員から約束通り3月6日の法論に応じるよう求められたにも関わらず、何の返答もせずに法論から逃避した。

 次に樋田は、落合に代わって教学部委員に対応したものの、すでに3月6日に妙相寺で法論を行う約束となっていたにも関わらず、法華講員・高木を通じて、「このままでは法論は実現しませんよ」(3月3日付メール)、「以下の法論条件(趣意)(交渉の余地あり)を受諾しない限り、法論する価値を認めない」(3月4日付メール)等と述べ、法論から逃避した。また、その間、教学部委員より、樋田が大阪法論から無断で逃避した経緯から、3月8日までに謝罪文を提出すれば落合に代わって相手をしてやる旨を告げられたものの、「なりすまし」云々との無関係な話題を繰り返すだけで、謝罪文を提出することもしなかった。

 かくて法華講員・樋田昌志は、浅野総部長らとの法論、大阪での法論に続き、顕正会教学部から3度目の「敗走」をしたのであった。

法論逃避の正当化を試みる樋田の欺瞞を検証する

①:「約定」を口実に法論から逃避したことについて

 さて、このように見事に法論から逃避した樋田昌志だが、先に見たとおり、自らの敗走を正当化するために縷々弁解を述べているようであるから、その欺瞞を検証してみる。

 まず樋田が作った「約定」の件について。

 樋田は、すでに法論の日程が決まっていたにも関わらず、教学部委員に対し、「双方の発言時間は1分交代」、「反論不能状態が30秒以上続いた場合」を「敗北の条件」とする等の細かな「約定」を提案し、「以下の法論条件(趣意)(交渉の余地あり)を受諾しない限り、法論する価値を認めない」などと言い出し、3月6日の法論から逃避した。

 このように、自ら作成した細かな「ルール」への受諾を相手に要求し、これに相手が応じないことを口実に法論から逃げる手法は、大阪法論のときと同様である。

 しかし、この弁解が法論逃避を何ら正当化するものでないことは、下記の記事で指摘したとおりである。

https://matsudai-bonbu3.hatenablog.com/entry/2020/03/24/%E6%B3%95%E8%8F%AF%E8%AC%9B%E5%93%A1%E3%83%BB%E6%A8%8B%E7%94%B0%E6%98%8C%E5%BF%97%E3%81%8C%E9%A1%95%E6%AD%A3%E4%BC%9A%E6%95%99%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%81%A8%E3%81%AE%E6%B3%95%E8%AB%96%E3%81%8B

 すでに法論の日程等が決定し、教学部委員が妙相寺へ赴くことになっていたのであるから、樋田としては、これを堂々と迎え撃ち、見事に屈服させ、それを広くネット上に公開すれば良かったのである。

 しかし、樋田にはそのような実力も度量もなかったのであろう。折角、教学部委員が「先日述べたとおり、あとは当日会って話をすればよいでしょう。もちろん約定の話も。住職、樋田さん、高木さんしっかり来てくださいね」(3月3日付けメール)と告げていたにも関わらず、「このままでは法論は実現しませんよ」(3月3日付けメール)などと返答し、法論から逃避してしまったのである。これでは、単なる「臆病者」と評されても致し方ない。

②:「なりすまし」との言葉を口実に話題を逸らし、法論から逃避したことについて

 次に、「なりすまし」云々の件について。

 樋田は、教学部委員が法華講員・高木に送信したメールにおける次の文言に難癖を付け、法論実施に向けた話題から話を逸らし、結局、法論から逃避した。

「先程のメールに「ただの一度も樋田に連絡をよこすこともできずに」などと記してありましたが、もし樋田氏が「準備・実行の全権委任」をされたのであれば、樋田氏から連絡をしてくればよいところ、高木さんを通じ、なりすましメールを送るばかりで、直接連絡をしてくることもしなかった。(なりすましの証拠あり)いまさらグダグダ言ったところで、これが結論です」(3月4日付けメール)

 この文章をごく普通に読めば、直前の「高木さんを通じ」との文言からも明らかなとおり、「樋田が、法華講員・高木を通じて、あたかも高木が作成した文章であるかのような体裁でメールを送ってくるだけで、直接、連絡をしてくることもなかった」という事実を指摘しているにすぎないことがわかるであろう。

 

 ところが、樋田は、この一文に対し、次のように反応した。

・(「goo辞書」の「なりすまし」の解説を引用した上で)「いつ私樋田が上記に定義されているような行為をしたのか、証明していただけますか?もしそれが出来なければ、即刻謝罪してください」、「[なりすまし]の証明期限は6日中とする」

・「おやおや?人を「なりすまし」と「犯罪者」呼ばわりしておいて頬っ被りですか?」、「当方が「なりすまし」という「犯罪行為」をしたという証明を本日6日中にしたまえ。それが出来なければ謝罪したまえ。当方はもちろんそれを公表する。人を犯罪者呼ばわりしてそのまま遁走するんじゃないですよ」

・「当方が「なりすまし」という犯罪行為をしたという証明、もしそれが出来ない場合は謝罪 その期限の6日が過ぎましたね。これが顕正会教学部の人間性ですか?」

 

 このように、樋田は、教学部委員がメール中で用いた「なりすまし」という言葉を捉え、それを自らに都合の良い意味に曲会し、教学部委員が樋田に対し、「犯罪行為をした」と断定し、あるいは「犯罪者呼ばわり」したことを前提に、その「証明」や「謝罪」を要求し続け、もって法論から話題を逸らして逃避したのである。

 しかし、先に見たとおり、教学部委員のメールをごく普通に読めば、樋田が「犯罪行為をした」と断定したり、樋田を「犯罪者呼ばわり」したものでないことは明らかである。

 樋田は、「goo辞書」の解説を引用し、「なりすまし」との言葉に「氏名・生年月日・住所・本籍・職歴などの個人情報を不正に手に入れ、その人の振りをして資格を取ったり、金品をだまし取ったりすること」等の意味があることを根拠に上記の持論を展開しているようであるが、失当である。

 言葉の意味は、文脈や用い方によって様々であり、教学部委員のメールを素直に読めば、樋田が引用するような意味で用いていないことは自明である。わざわざ解説するまでもないが、「本当にそのものであるようなふりをする」(「なりすます」goo辞書)、「他人のふりをして活動すること」(「なりすまし」ウィキペディア)といった程度の意味であろう。

 もし樋田が、本当に先のような意味に誤読したのであれば、彼の日本語読解能力の低さを案じざるを得ない。他方、もしそのような意味で用いたのではないことを知りながら、あえて上記のような難癖をつけたのであれば、その幼稚さに呆れるとともに、彼がいかに本筋から話を逸らし、法論を回避したかったのかが浮き彫りになるというものである。

 また、樋田の難癖は、そもそも今回の法論逃避を何ら正当化するものではない。なぜなら、教学部委員は、「なりすまし」云々にこだわり続ける樋田に対し、「もし貴殿が「どうか教えてください」と哀願するのであれば、先般来、こちらが提示している大阪法論逃避についての真摯な謝罪を条件に、法論の場で教えてやらないわけでもない」(3月7日付けメール)との寛大な態度を示していたからである。

 ゆえに、もし樋田がどうしても「なりすまし」と指摘された理由を教えてもらいたければ、教学部委員との法論の場に出て行けば良かった。しかし、彼には、それができなかったのである。

樋田昌志の今後について

 以上のとおり、樋田昌志は、浅野総部長らとの法論から逃げ出し、大阪法論では事前連絡もなく敵前逃亡し、長野法論に至っては、教学部委員がわざわざ妙相寺まで赴いて法論を行う約束になっていたにもかかわらず、直前になって拒絶し、遂に法論から逃避してしまった。

 やはり、一法華講員にすぎない樋田昌志には、顕正会教学部との法論は荷が重かったのであろう。

 ちなみに彼は、顕正会本部にあてて勝手に内容証明郵便を送りつけ、それに対して回答がないことを誇らしげに周囲に吹聴しているそうであるが、何とも惨めである。

 顕正会は、創価学会及び日蓮正宗本体の御遺命違背を責めているのであり、樋田ごとき力なき一法華講員を相手にしているのではない。要するに、樋田は「相手にもしてもらえない程度の存在」なのであるが、そのことに気づかず、自身と、215万顕正会の浅井会長を同列に考えて論じているあたりが、まことに痛々しい。

 まして、この度、顕正会教学部との法論から3度目の敗走を喫したことで、はしなくも彼の「限界」が露呈してしまったといえよう。

 なお、樋田は、顕正会が自身の駄文に構ってくれないことをもって「仏法中怨」などと喚いているようであるが、失当である。顕正会が宗門本体の御遺命違背を連々と責め続けている以上、樋田ごとき末端の一構成員の戯言に一々取り合わないからといって「仏法中怨」などに当たらないことは言うまでもない。

 もしこのような至極当然の事柄すら理解できなくなっているとしたら、それは御遺命違背の宗門に身を置くゆえの悩乱というほかない。

 今回、顕正会教学部との法論から3度目の敗走をした樋田昌志。そろそろ自身の「限界」に気づき、今後の身の処し方を考えた方が良いであろう。

参考:教学部委員の樋田に対するメール

 参考までに、顕正会教学部委員が樋田に送信したメール等のいくつかを、樋田のサイトから引用して掲載する(http://toyoda.tv/kensyo.a.htm)。

 

〇3月3日

令和2年3月3日

妙相寺住職・落合尊福殿

顕正会教学部 ▼▼

 

最後通牒

妙相寺住職・落合尊福(以下、「住職」という)が一昨日、小生との電話を一方的に切り、卑怯にも逃げた為、書面で通告するものである。

妙相寺信徒「高木」某なる者が顕正会員に接触をしてきたことから、2月18日に小生は住職へ法論を申し入れ、すでに数度の話合いを重ねてきた

この法論にあたり、住職は次の通りの内容で承知していたはずである

・3月6日(金)

・双方3名ずつ

・法論の詳細は当日双方面前にて取り決める

・議題は、大聖人の御遺命につき、宗門と顕正会のいずれが違背しているか

しかるところ、法論が差し迫った3月1日、住職は突如として「樋田君と事前に約定を交わしてほしい」などと一方的に話を変え、樋田昌志を盾にして法論を反故にしようとしてきた。

これまでの経緯を見れば、住職は法論の要請を快諾し、「日程を決めて連絡せよ」と私に促したのではないか。

ゆえに、小生は日程を提示した。

すると、突然法論の窓口を樋田昌志に丸投げする意向を示し「あとは樋田君に電話してくれ」などと放言した。

そこで小生は、住職自身に法論を申し込んでいること、信徒に任せるのではなく、妙相寺の責任者たる住職自身が法論を取り決めるべきと、その無責任を指摘した。

住職はそれに納得し、自ら3月6日を定め、小生に連絡してきたのではなかったのか。

その日程を決定した電話の折、小生が念を押して「では、あとは当日お伺いすればよろしいでしょうか?」と確認したことに対し、住職は「いいですよ」と了承した

小生が「当然、樋田氏も高木氏も、このことは承知の上ですよね」との念を押したことに対しても「そう、そう、そう」と返答した

さらには法論の事前の取り決めにつき言及すると、住職は「(法論が)始まる時に、お互いにね。いろいろやるでしょ」「そういうことをガタガタ言わないでよ、当日やるんだからさ」と声を荒げたこと、よもやお忘れではあるまい

内容についても小生が「私たちは御遺命につき、大聖人様の御金言と、歴代上人の御指南に照らして、宗門と顕正会とどちらが御遺命に背いているかをしっかり話させて頂きたい」と申し入れると住職はすかさず「背いているのはソッチなんだけど」と反論したため、小生が「ではそのことについてしっかり話をさせて頂きたい」「それでいいですね」と確認すると住職は「はい」と応諾したのである

ここに正式に法論は決定し、3月6日を待つばかりとなった

ところが前述のごとく、3月1日に住職は「樋田君と事前に約定を交わしてほしい」「樋田君に電話してほしい」などと一方的に言い出した。

このとき小生が再度、ここまで小生とやり取りとしてきた住職が責任を持つのが筋であることを伝えると「(法論を申し込んできた)あなたにそんなこと言う資格はない」などと言い放ったのである。

この変節ぶりを小生が詰め寄ると住職は平然と「それ(教学部の法論の様子)が分からなかったんだもん」などと言い放った。

補足しておくが、教学部の法論は大聖人様の御金言と歴代上人の仰せを基にした、全く以て理路整然たる法論である。

また3月1日、住職に変わって対応した自称「住職の息子」なる人物の狂乱ぶりには驚愕した。

この「息子」なる男は、一方的に顕正会への誹謗中傷を連呼し、終始、樋田昌志を盾に「樋田さんを破折してからこっち(寺)に来くればいい」「youtubeを見ればわかる」などと意味不明な言葉を連呼していた。

まさに自ら法の正邪を論ずることを放棄し、他人任せにしていたが破廉恥にも程がある。

住職らが顕正会教学部の法論から何とか逃げを打ちたいと必死に策を凝らしたい気持ちは察するが、正々堂々と出てきたらどうか?

昨年の大阪での法論、また伊東副教学部長と小生との悪質ビラの真意についての青森県での法論等、ともに樋田は嘘と詭弁を並べて逃げた。

当方としては、今後も樋田に約定の履行とビラの謝罪・訂正を求めるとともに、宗門の御遺命違背につき徹底糾弾していく所存である。

また、樋田は法論を逃避するために「双方1分ルール」なる意味不明なことを囀っているようだが、このような馬鹿げたルールを用いなければ法論に応じられないこと自体、法論から逃避していることを知れ

真摯に大聖人様の仏法の正邪を決する思いがあるならば、「大聖人の御金言と歴代先師上人の仰せを基に、徹底して宗門と顕正会のどちらが御遺命に背いているかを論判する」だけでいい筈である

住職の「息子」と自称する男は、私たちが3月6日に妙相寺に赴いたら「警察を呼ぶ」と狂ったように喚いていた。

また、高木某なる女性信徒も小生のところに、「樋田さんと連絡をとり法論約定を決めたら如何ですか?なぜそれを嫌がるんですか?樋田さんが出てくる事で腰が引けちゃいましたか?」などとお門違いなメールを送ってきたが、住職との法論回避に必死なようであるが、姑息はやめよ。

以下の内容の法論を行うつもりがあれば、3月4日(水)中に住職から私に連絡をされたし

・3月6日(金)

・双方3名ずつ

・法論の詳細は当日双方面前にて取り決める

・議題は、大聖人の御遺命につき、宗門と顕正会のいずれが違背しているか

もし、様々な理由をつけて法論を逃避した場合は「敵前逃亡」したと断ずる

 

〇3月7日

「なりすまし」を指摘されたことが、よほど気になっていると見える。

しかも、自分でボロを出して気づかないのだから、なんとも滑稽である。

しかしながら、もし貴殿が「どうか教えてください」と哀願するのであれば、先般来、こちらが提示している大阪法論逃避についての真摯な謝罪を条件に、法論の場で教えてやらないわけでもない。

しかるに貴殿は、勝手に回答期限なるものを定め、「教えてくれないならメールのやりとりを実名で公表する」旨を喚くのだから、その非常識ぶり、幼稚さには長大息のほかはない。

勿論、当方にはかかる貴殿の手前勝手な要求に応じる義務はなく、メールの実名公開を承諾する理由もない。

もっとも、もし貴殿が自らの人格破綻や敵前逃亡の醜態を世間に晒したいのであれば、貴殿のみ実名で公開することも一案である。

なお、貴殿の行為が国法に触れる場合、当方が相応の措置を講ずるであろうことはあまりにも当然である。

 

さて、貴殿は「なりすまし」云々と騒ぎ立てることで話を逸らそうと必死なようであるが、すでに妙相寺住職・落合の約束反故と敵前逃亡は確定している

ゆえに、大阪法論逃避を真摯に謝罪し、当方に法論の相手をしてもらうことは、貴殿にとって汚名挽回の唯一無二の機会であろう

結局貴殿は、一人せっせとつまらないYouTube動画を作成・配信している、惨めな謗法者に過ぎない。

ゆえに、いざ教学部との対論実現となるや、浅野総部長からは敗走し、大阪法論に至っては、会場に赴くことすらできずに敵前逃亡した。なんとも惨めではないか。

これが教学部との法論から逃げ回る謗法者・樋田昌志に対する最後通告である。

貴殿が妙相寺住職・落合に代わって当方に相手をしてもらいたいのであれば、3月8日中に信州会館あてに、大阪法論から逃避した非礼を真摯に詫びる謝罪状を送付せよ

そうすれば、貴殿には教学部からの2度の敗走を挽回するチャンスが与えられる。臆病な貴殿が勇気を振り絞り、この最後のチャンスをモノにすることができるかどうか、温かく見守ることにしよう。

なお、貴殿から期限内に謝罪状が届かなった場合、貴殿において、落合をはじめとする妙相寺一派が顕正会教学部との法論から敵前逃亡したことを自認したものとみなし、しかるべき場で公表することもありうることを、念のため付言しておく

以上

 

〇3月8日以降の日

妙相寺・落合の約束反故と大阪法論の敵前逃亡を取り繕うために、やっとこさ癡文をこしらえたようだが、冗長なだけで空疎な貴殿の言葉は虚しく響くばかりである。

「骨折り損のくたびれもうけ」とはこのことだ。

小生が大阪法論逃避について真摯な謝罪をしてくれば、過去2度の遁走を免じて法論を受けると折角チャンスを与えてあげたのに、それを棒に振ったようだな

下らぬ難癖をつけることだけは実に雄弁な貴殿が、大阪法論敵前逃亡については一言も触れず仕舞いなところをみると、やはり後ろ暗いところがあるようだ。

それはそうだろう、大阪での法論を何の事前連絡もなく遁走したのだから無理もない。

あのような非常識を平然と行っていながら、貴殿は小賢しくも次の通り小生に指摘してきた。

〈いやいや恐れ入りましたね。これでよく宗門僧侶や我々法華講に対して様々な非難中傷ができますね。

■「教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞ひにて候けるぞ。賢きを人と云ひ、はかなきを畜という。(崇峻天皇御書 建治三年九月一一日 五六歳 1174)

この御文からすれば貴殿はまさに、鬼畜と同類もしくはそれ以下ですな。

これで貴殿の主張や発言など、完全に信用性を失いましたね〉

などと。

卑劣な人格の者は、己の命の癖を他人へそれを投影して貶めることがままある。

その言葉が、己の人間性をそのまま表していることに気づいたほうがいい。貴殿はその典型といえよう。

貴殿の振舞いこそ、「鬼畜と同類もしくはそれ以下」で「貴殿の主張や発言など、完全に信用性を失」っていることを知れ。

繰り返すが、悪口と詭弁だけの貴殿の癡文は、所詮、妙相寺・落合の約束反故と大阪法論の敵前逃亡を取り繕うため、煙幕をはっているものでしかない。違うか。

それから、実名での公開を中止して欲しいのなら、謝罪・中止の懇願をせよ、とは笑止の至りだ。

当初、貴殿は(1)「今回の往還で貴殿の書面には名誉毀損・あるいは侮辱罪などに抵触する可能性があるので、全文を実名で公開することを通告しておく」と一方的に公開することを断定していなかったか。

当方がそのことに触れずにいたところ、提訴されることを恐れてか、(2)「法的な根拠・担保として三度目、最後の通告とする」と小生の同意をもらおうとし、それが得られないとなると、(3)「貴殿が実名公開を拒絶、逃避したこと、これ自体が今までの経緯に対して貴殿自身が正しいという堂々とした認識を持っておらず、むしろ後ろ暗さを感じている証拠」「貴殿の実名を明かせない臆病さ」ときた。

この変遷、滑稽千万だ。これを見れば誰でも、貴殿のハッタリと臆病さがよく分かる。みっともなくて見ていられない。

いずれにせよ、大阪法論敵前逃亡の謝罪文の提出期日であった3月8日を過ぎても、貴殿からの謝罪なかった

よって貴殿は「2度の敗走」という汚名をそそぐ無二の好機を逸した。

ここに妙相寺一派が顕正会教学部との法論から敵前逃亡したことが確定したことを改めて宣言する。

以上